おばあちゃんの歴史:とよ子の人生を記録した写真たち。

データを整理していたら、ふいに、おばあちゃんの古いアルバムを撮影した写真たちに、再会した。
そのどれもが、特別な愛おしさで迫って来て、ひたすらに感慨深く。
私は、食い入るように、何度も何度も見返した。

アルバムの一冊には、私の学生時代に103歳で他界した、ひいおばあちゃん(たきゑ)20歳の頃の肖像があり、
生まれて間もない、おばあちゃん(とよ子の姿も、別の一冊に収められていた。
それらは、どちらも、東京・青山の「木村写真館」というところで撮影されたらしく、台紙には、その刻印が記されていた。

時代は、どんな空気で、人々は、どんな暮らしを営んでいたのかと、想像は、どこまでも加速し。
空想の旅の帰路には、なかなか就けず・・・。
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一冊のアルバム。
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開けば、「大正拾一年一月 二十才 たきゑ」の文字。
それは、うちのおばあちゃん(とよ子)が生まれる5ヶ月前のこと。
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若かりし日の、ひいおばあちゃん。
そういえば、ひいおばあちゃんと、おばあちゃんとの歳の差は、ちょうど「20」だった!
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別の一冊には、ひいおばあちゃんと、生後間もない、赤子・とよ子
そして、一緒に挟み込んであったのは、大人・とよ子と、長女(かず子)ご近所さんの写真。(運動会っぽい雰囲気!)
この時代を隔てた2枚が、とても、印象的に人生のストーリーを感じさせる。Viva la vida!!
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どうやら、昭和初期尋常小学校での記念撮影のような一枚。
・・・とすれば、広尾小学校?
・・・とすれば、おばあちゃんは?:私は、1列目右方の、よそ見している子じゃないかと推測中。(笑)
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家族写真、炊事、農作業、海岸、子どもたち。
会社務め時代、となってからの日々、イロイロなシーンが、1ページにたくさん。


それぞれの時代に生きる人々、繋がっていく家族、紡がれる想い出
過去未来残像残響

そして、私は、自分が、写真を撮り始めた理由を、久々に、思い出した。

決して、崇高な芸術の表現を目指したのではなく。
「過去」になり続ける、一度きりの「今」という瞬間を、ただ、欲張りにも限りなくすべて、記憶しておきたいという衝動。
たった、それだけ。

旅は、原点に回帰した。 Bravo!



⇒「とよ子の流儀」あれこれ/⇒「とよ子語録」の項/⇒これまでの「とよ子」の仕業いろいろ

⇒「おばあちゃん學枝」のすべて

⇒「写真」の項/⇒「再会」の項/⇒「歴史」の項
by makisaegusa | 2014-04-17 23:49 | Grandma-とよ子 | Trackback | Comments(0)
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