いまむかし。

小さな頃の私にとって「昔」を語るのは、大人の特権だった。
人生という歴史の分だけ、人は「昔」を持てるから。
でも、自分が大人になってみて思うのは、「昔」が、時間の距離ではなくて、想いの距離が示す、時の記憶だったということ。
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昨日、友だちのヒサミ (husica)から手紙が届いた。
同封されていたのは、私が「生活感分布調査」と称して収集を続けている、果物シールたち。
そののどかな光景を見ながら、あぁ私は、随分、遠くまで来てしまったんだなと思った。
もちろん、地理的な距離でなく。

3.11に震災があり、3.14の夜、私は直感的に東京を離れた。
・・・あれから、3ヶ月。
まったく別の時間軸に漂着してしまったかのように、長い長い時間が経過したような気がしている。
震災以前の日々は、遥か遠い昔。
ずっとずっと、彼方の出来事みたいに、私の中に記録されている。

泣けども、嘆けども、もう戻れない。

私たちは、既に、新たな扉を通り抜け、決して立ち戻ることの出来ない場所に在る。
過去にすがりつくことなど、意味を為さない時代へと否が応にも突入し、これまでとは、完全に違った世界を体験することになる。

誰もが、苦しくも真新しい「昔」を抱えながら、人生を再び始めねばならない刻。
その一塊の覚悟を、自分の内にも噛み締めつつ、私は、瞑想のように静かに呼吸を確かめる。


⇒これまでの写真とことば
by makisaegusa | 2011-06-08 19:06 | Gifting club-突如贈答部 | Trackback | Comments(0)