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記憶ハ長イ旅ヲスル

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過去から遠い未来まで。
「記憶」は、驚くほどに長く長い旅をする。

とりわけ、大切な「課題」を忍ばせている場合には。

時が満ち気付きの扉が開くまで、幾度もの繰り返しすら厭わずに。
途方もない時間と空間を平然と飛び越えて、今を生きる者の元へと辿り着く。

それは、深い意識の中に潜在しながらも、絶大なる影響力を持ち合わせていて。
その使命が果たされるまで、静かに強く、主を導き。
いつか、やさしく空気の粒子に溶け込むように穏やかに、心のしこりを癒し溶かし、天に召されるように消えてゆく。

こんなふうに私たちは、ひとつずつ、再会と決別を繰り返しながら。
想いを分かち合って、学びを分け合って、共に、また新次元への旅へと向かう。

美しい摂理!
その中に生きている。



⇒これまでの「写真とことば」/⇒「記憶」の項/⇒「過去」の項



by makisaegusa | 2017-10-19 00:00 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(0)

「婚約者が結婚式当日に事故って記憶喪失になる」のヤツ。

まさか、まさか、、、、私の人生に、こんな映画みたいなことが起こるなんてっ!!!!!

私に到来した、「婚約者が結婚式当日に事故って記憶喪失になる」のパターンのヤツーーーーー!
事の顛末、カクノゴトシ!
イヒヒヒヒ☆
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その夜も、私は、いつもと同じく長年愛用するMacで作業の途中。
すると突如、Mac電源が落ち再起動されたときにには、スーーーッカリ私のことを忘れてしまっていた!!!

うわーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!
なんて豪快な忘却ーーーーー!!!(笑)

リカバリを試みるも叶わず、記憶、戻らず。
だからといって、私は私で慌てることなく、最終的に起動すらままならなくなるも、至って冷静に状況を理解し。
その上、関西人としての本分を忘れることなく、「オマエは、映画の婚約者か!!」とツッコミを発動し、
(※ 意味:「恋愛映画なんかで、結婚式当日に事故って記憶喪失になってしまい周囲を酷く困惑させる婚約者」を凝縮したニュアンス。)
それによって、Macのあだ名は「記憶喪失の婚約者」に決定し、この一連の騒動の名称も確定。(笑)

友だちからも、「韓流ドラマだと案外するっと記憶戻るよっ♥︎」と、非常に役立つアドバイスなどもらい励まされるも、
私の日々に韓流っぽい要素は皆無のため、ここは大人しく、・・・入院という体で、しれっと修理

かくして、その「記憶喪失の婚約者」、この度、遂に、退院
帰宅後は、療養なし酷使させられる日々が待っているため、彼が、耐えられるのかどうかは定かではないものの、
何が起ころうと、「映画ほどには奇なり」なので、それはそれで、「「不測の事態」を待ちわびる症の私としては、願ったり叶ったり。
まぁ、ちょっと面倒くさいけど。(笑)

そんなこんなで、新生「記憶喪失帰りの婚約者」に期待。
もはや、別人ですけども。イヒヒ


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by makisaegusa | 2017-09-25 00:00 | Days-そんな日々 | Trackback | Comments(0)

「オノヨーコ」と「小野妹子」の記憶方法にまつわる:マキ式検索エンジンの性能に驚愕するの件。

時に、、、、自分という人間の未知に遭遇して、未だ、驚愕することがある。

常々、私の記憶方法が、どうやら、一般的なそれとはチョット違うらしきことに、薄々、勘付いてはいたのだけども。
つい先日のとある"ささやかな"事件により、
さらに、自分の中の斬新な特性を自覚するはめとなり、我ながら驚きを禁じ得なかったため、本日、ここに、その珍妙なる事柄を報告することにする。(笑)
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その日、颯爽と自転車を走らせていた私は、ちょうど、角を曲がったところで、クールな丸メガネ中年女性に遭遇。

私は、即座に「ジョンレノン」だ!と認定し、彼女に「ジョン・レノ …」あだ名を与えようとした、、、その瞬間!
いや、この風貌年の頃体型は、むしろ、その妻「オノヨーコ」ではないか!!と思い直し、すぐさま思考に修正を要請。
そして、夫妻のミックスだし、ここは「ジョン・ヨーコ」で行こう!と、最終決定を下した上で脳内再生を・・・したというのに、
聞こえて来たのは、なんと、 まったく聞き覚えのない「ジョン・イモコ」!

えええぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーー????????!!!!
誰それーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!! 私、なんで「イ」とかゆったーーーーーーーーーーーーーー???


とんだ不測の「音」に、混乱を交えつつ、しばしの考察を経ての、、、、、ハッ!!!!

もしやそれ、「オノ」で検索して「遣隋使」の方の「オノ」ヒットさせてしまったパターンなのかーーーーーーーーーーーーーーーーー!??!?!

衝撃的検索結果に、驚愕を超え、もはや、感嘆すら覚える始末。(笑)
いままで、一度だって、「オノヨーコ」「小野妹子」(オノノイモコ)の発音が似てるだなん考えたこともなかったというのに。
深層心理では、"彼らの名前って似てるよね"などと思っていたというのか、私は?
そして、"じゃあ、そっくりさんたちは、お隣に格納しとこっと"的な感じでインプットしていたというのか、私は?
・・・ていうか、名前順なのか、私の記憶システム?!

は、深まるばかり。
沸々と、自分への興味も増すばかり。
まさかまさかの検索バグから発覚した、オモシロ怪奇!

カクカクシカジカ、私の日々は、そんなこんなの愉快痛快。
イヤハヤ、それにしても、どうなってんだか、マキ式検索エンジンのこの高性能。(笑)
ナニハトモアレ、お陰様々、自分に飽きるということがない。
グーーーレイトッ!



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by makisaegusa | 2016-01-24 02:04 | Days-そんな日々 | Trackback | Comments(2)

【2015年→2016年】2冊目の『10年日記』を終え、3冊目に至る日々と記憶。

私には、幼い頃から、人生のすべてを記憶しておきたいという欲求があり。
だからといって、その容量には限界があるので、記憶の外付けハード的役割として、ずっと日記を付けている。

小学生の頃から、学校の宿題とは別に、もっと正直に想いを残す場として書き始めて以来、かれこれかれこれ・・・!
高校生の頃には、祖父が持っているのを見て、「ナニソレ欲しい!」ということで買ってもらった『10年日記』を採用。
このシンプルかつ感動的システムは、一日分たった4行でありながら、一ページが、10年分の「今日」という仕組みになっており、
例えば、左ページが、1月1日の10年分(4行×10年分)、右のページが、1月2日の10年分(4行×10年分)といった具合になっているので、
去年の、一昨年の、3年前の、、5年前の、、、、、10年前の「今日」、自分自身が何を思い、何を考え、何を行っていたのかが、一目瞭然。

それは、どんなに過去のことであっても、そこに書かれた数行のヒントを引き金として、当時のことを驚くほど思い出すことが出来るという、スンバラシイ逸材!
その日見た夢の記録から、その夢の内容を鮮明に蘇らせることすら、難もない。

私が自分に課している唯一のルールは、「正直であること」
社交辞令や理想的な意見や感想でなく、どんなに汚くても、暗くても、悪くても、嘘偽りない言葉で、感情を書き残すこと。
それは、自分の中のわだかまり具現化して整理する、ある意味、浄化のような作業なので。
日記に想いを解き放つことは、爽快な癒しであったりもする。
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2015年12月31日に、2冊目を終え、2016年1月1日より、3冊目を封切る、我が『10年日記』

こうして、10年を振り返るたび痛感するのは、未来は常に未知と未定のカタマリで、だからこそ、不安に苛まれる要素だってなくはないけれど。
結局のところ、人は、それらを乗り越えて成長しながら進むものなんだなあということ。
過去は、なんだかんだで笑い話になるし、当時、巨大だと思っていた試練は、今となってみれば、小さな山

・・・ここから続く次の10年、私は、新たな日記帳に、一体どんな痕跡を残すのだろう。
その一冊を振り返るとき、私は、どんなふうに自分自身の軌跡を辿るのだろう。
そんな未知の未来が、とても頼もしくて、とても興味深い。

さて、イザ、新章!


⇒「トテモステキ」なものたち/⇒「日記」の項/⇒「maki+」についての数々/⇒「記憶」の項
by makisaegusa | 2015-12-31 00:00 | Recommend-トテモステキ | Trackback | Comments(2)

映画『かみさま との やくそく 〜胎内記憶を語る子どもたち〜』。

『胎内記憶』 intrauterine memory
2〜3歳の子どもに聞くと、胎内のことや出産時のことを語ることがあり、これを胎内記憶と呼ぶ。
胎内記憶を研究している池川明医師によると、
精子だった記憶や、前世記憶、中間生記憶(受精する前の記憶)を語ることもあるという。

『インナー・チャイルド』 inner child
内なる子ども。人の精神における子どものような内面の部分。

ーーー「現代用語の基礎知識 2013」(自由国民社)より



胎内記憶や、インナーチャイルドをテーマにした、
ドキュメンタリー映画『かみさま との やくそく 〜胎内記憶を語る子どもたち〜を観た。

子どもたちの語る言葉のひとつひとつは、まるで、次元を超えた真理のようで。
数え切れないくらいに、たくさんの大切なメッセージが、そこに溢れていた。
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前世や、膨大な意識(魂の雑踏)時代()の記憶も、あるにはあるけれど、
無念なことに、胎内記憶を、すっかり忘れ去ってしまった私。クーーーッ!(笑)
とは言え、身近な友だちの子どもたちが、
しれっと、前世の自分や、空の上でママを選んだときのことなんかを、話してくれたりしてたので。
彼らが、生まれる前や、生まれる瞬間、さらに、時間をさかのぼり前世と今世の間の記憶を教えてくれるという、エキサイティングなミラクルについて、
私は、疑いの余地なく、心からの愛おしさで受け止めている。



私が、勝手にその人にぴったりの本を選び、勝手に貸し出す遊びアクション勝手図書館でも、
常に、どこかしらへ貸し出し中なのが、前述の胎内記憶研究の第一人者池川明さんの本。

※「勝手図書館」蔵書
1.『ママのおなかをえらんできたよ。』・2.『雲の上でママをみていたときのこと。』・3.『ママのおなかをえらんだわけは・・・。


子どもたちへのインタビューをまとめた、これらの本は、
自身に子どもがいるいないに関わらず、この世に生を受けた者の必読書だと、私が確信し、周囲に強く推薦している作品たちで。
絵本ほどの一冊を読むだけでも、浄化の涙が、止めどなく溢れ出す・・・、そんなシンプルで、マッスグなメッセージの宝庫。
それが今回の映画化により、より深く、心身に染み渡るから。
観る人は、温かな幸福感に包まれ、そして、自らに問いかけるに違いない。

「自分は、かみさまと、どんな約束をして来たんだろう?」・・・って。


映画『かみさま との やくそく』( Promise with God) 【予告編】/⇒「かみさまとのやくそく」試写会★動画レポート

胎内記憶を語る子どもによれば、自分たちは、を選んで来るし、キョウダイになる相手とも約束して来る。
病気で生まれるか、健康で生まれるかも。
すべてを自分の意志で選び、この世界へ生まれ来る。
無限の能力を秘めてこそすれ、決して、未完成な存在などではなく、
生物学的な感覚器官が完成するよりも、ずっと前から、世界を見聞きし、感じ、考える、ひとつの人格なのだと、改めて痛感した。

まるで、私たちが忘却の彼方に置き忘れたことを伝え、育てるためやって来る「師」のようであり。
偉大なメッセージと共に訪れる「使者」のようでもあり。
想いを充分に表現する力が「この世」仕様に、適応が完了していないだけで、むしろ、彼らは、大人の私たちよりも、ずっと、「真」の近くに生きている。

ただの記憶喪失の分際で、私たち大人が、
「我々は、一体、何のために生まれ、生きるのか?」なんて哲学を気取っていること自体、きっと、ホントは、ナンセンス。
生来、誰もがそれを知っていることなのだから。



「私たちはね、人の役に立つために生まれて来たんだよ。」

池川さんによれば、子どもたちは、みんな、人生の目的をこう話すらしい。

私も、映像に向き合いながら、幼い頃から疑いなく知っていた(むしろ、忘れなかったが正しいのかも!)自分の使命を、何度も反芻し、
感情に、ちょうど合う言葉を、やっと表現出来るようになったなあと、人生を回顧し、魂の旅を想像し、感慨に耽った。

「光の見付け方を、みんなに教えること。」

ちなみに、これが、私の使命!



上映は、「渋谷アップリンク」の他、各地で、自主上映会()も開催中の様子。
全人類に、心底オススメ!


[+ 1]
私のお気に入りシーンは、監督が撮影しながら、3人の子どもたちに、死後から生前までの記憶を、インタビューしている場面。
仲間と一緒に、「うん、そうそう!」と相づちを打ちながら話す子どもたちとは対照的に、
「へー、そうなんだっ!」と驚くしかない大人が、まるで、人間初心者のようで。
そのコントラストが、とても、印象的だった。

[+ 2]
そして、そんな子どもたちの会話が、私の記憶の琴線に触れ、やっと、判ったことがあった。
幼い私が、度々、うなされていた悪夢の正体
得体の知れない、巨大な圧迫感に覆われた、あの真っ暗闇。
あの場所は、魂が、前世での「命」の扱いを省みる「反省室」の風景だったのかもしれないって。
糸が、ほぐれた。



⇒「トテモステキ」一覧/⇒「映画」リスト/⇒「記憶」の項
by makisaegusa | 2014-03-01 02:34 | Recommend-トテモステキ | Trackback | Comments(2)

キンモクセイの香水を作りたかった6歳の日。

世界が、淡い橙色の香りに満ちる季節。
巡る度、思い出すのは、6歳なってすぐの秋の記憶。
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その日、私は、幼稚園の校庭で、「世界でいっちばん、いい匂いの花」に出会った。
でも、その匂いが、どこから漂って来るのかは分からず。
探し当てるべく、鼻をクンクンさせながら、運動場をグルグル、スタスタ、急ぎ足で歩き回って、
とうとう、タイヤブランコの後ろに、橙色の花を咲かせる小さな木を見付けた。

未知との遭遇
に、大歓喜した私は、花盛りの木から、一枝をポキリ!
その芳しい花を持ち帰って、香水を作ってやろうと思い立った。

人生初めての香水作りは、直感型アクション、チョットした空想の産物。

水を入れた、ワンカップのガラス瓶に、花を投入し、割り箸で、ギュウギュウ、ギュウギュウ。
しばらく、押し潰していると、ところどころ、グチャグチャになった花は、
水の中で不気味に浮遊し、えも言われぬ、切なさと、情けなさを演出。
心の叫びは、「ギャア、ナンヤコレーーーー!!!」
思い描いた姿とは、似ても似つかぬ、ただの「キンモクセイ汁」に、なんだかなぁ・・・な気分を抱きつつ、
だからと言って、それほど落ち込むわけでもなく、世の中の想い通りいかなさを、軽く発見し、私は、そこそこ満足して初の実験を終了した。

あれから、幾年月。
記憶を呼び起こす香りの儀式は、毎年、ささやかに嬉しくて。
今は、もうちょっと上手に、香水を作る方法を知っている自分が、ささやかに誇らしい。


【追記】
その日、世界で一番いい匂いだと思った、花の名前。
「キンセンカ」と「キン」の部分が一緒なとこに、惑わされがちだったため、私が、ちゃんと覚えたのは、もっと少し後になってからのこと。



⇒「そんな日々」カテゴリー/⇒「記憶」の項/⇒「季節」の項
by makisaegusa | 2013-10-07 01:23 | Days-そんな日々 | Trackback | Comments(4)

前世の記憶、原爆の夢。

どれくらい前だったか、明け方に、鮮烈な夢を見た。
意識に刻印されたように、今でも、記憶に、焼き付いて離れない、そんな「夢」。

あれは、きっと、前世の記憶。
一瞬しか生きられなかった、幼い私の。
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・・・その瞬間。
強烈な閃光が、凄まじい速さで、迫り、そのまま、空気全体を飲み込んで。
私は、一瞬で、実体を持たない、光の存在になってしまった。
痛みや苦しみを味わうことすらなく、あまりにもあっけなく、「死」を迎えた私は、
自由に動き回れるようになった身体で、自分を案じているであろう、母の元へと向かった。
「すぐに死んでしまったから、全然、苦しくなかったよ。」と知らせ、安心させてあげたくて。

出会えた母が、生きているのか、死んでいるのか、どちらの存在であるのかは、定かではなかったけれど。
それでも、顔を合わせて、想いを伝えられたことに満足した私は、「生」を終えた者が進むべき方角へと、旅を始めることにした。

魂の雑踏は、四方八方から押し寄せる、多くの魂たちが行き交い、スクランブル交差点のように、えらく混雑していた。
誰もが、急ぎ足で、ひしめき合って。
そんな中、群衆の誰かの話す言葉が、ふいに、とてもクリアに、私の耳に飛び込んで来た。

「人はね、使命を果たすために生きていて、果たせるまで、何度でも、繰り返すんだよ。」

その頃には、私の魂も、また、膨大な存在の一部になっていたから。
意識だけが、眼前の状況を、臨場感たっぷりに体感し、大いに、同意していた。
そう!その通り!!・・・って。

それから、目を醒ました私は、あの閃光が、「原爆の光」だったのだと、心穏やかに、確信した。
そして、パズルのように、綺麗に組み合わさり、溶け合って行く、魂の旅に納得した。

私は、「果たす」ために、この時代に、生まれ直したんだということ。
しかも、8月15日という日に、意味深に。
平和を創る者として。

この時期になると、ますます反芻する。
あの場所で聞いた、あの言葉を。
そして、ますます噛み締める。
今世で、果たすべき、自分の使命を。


※だからこそ、今度は、長生きの家系の家に、生まれることにしたのかもしれないと思った。
ナルホド、とてもじゃないけど、まだまだ当分、生き続けてく気がする。うふふ




⇒これまでの「写真とことば」/⇒「」の項/⇒「記憶」の項
by makisaegusa | 2013-08-06 22:22 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(4)

記憶の未来配達係。

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私が、すっかり忘れ去ってしまった、私にまつわる出来事を。
何年も経った、ある日、ふいに、友の口から聞く、驚きは。

随分、遅れて届いた、自分宛ての郵便のようで。
とても、嬉しい。

お互いに、記憶を肩代わりしながら、未来へ運ぶシステム()は、どうやら、きっちり、機能しているらしい。



⇒これまでの「写真とことば」/⇒「記憶」の項/⇒「記憶の在処。」(2011-09-29)
by makisaegusa | 2013-05-03 00:21 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(2)

ポータブル涙腺。

人間の目には、「るいせん」という、涙の出る穴があるということを知った、子どもの頃。

どんなものなのか見てやろうと、鏡の前で、熱心に観察を続けていた、その時!
何かが、ポロッと、目から落ちた。
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[Photo: 傑作しか生み出さない、ラオスのおばちゃん(「マーサー・ガーサー」の作者)の作品。当ブログ初公開。★特別出演のダブルヘッドの「精霊人形」上側ヘッドさん。]


私は、瞬間的に、涙腺が取れたに違いない!と、察知、、、恐怖に、凍り付いた。
「大変なことになってしまった!」「もう、泣けなくなってしまた!」と確信する私は、悪夢の現実に震撼し、ワンワン泣いた。
爆発的に。
ワンワン、ワーンワーン、ワーーーーーーーーーンワーーーーーーーーーーンワーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!

・・・・・・・・ふと。
冷静になって、あれ、泣いてるぞと気付くまでの、しばし、しばし。


私をパニックに陥れた、そんな、人騒がせな「目やに」のことを。
今朝、鏡の自分を見ながら、ふいに、思い出した。

ふぅ、よかった。
涙腺は、まだ私に、くっついている。



⇒「そんな日々」カテゴリー/⇒「記憶」の項/⇒「独自の研究」あれこれ/⇒「事件」リスト
by makisaegusa | 2013-04-23 22:45 | Days-そんな日々 | Trackback | Comments(7)

家訓:「100人が、右だと言っても、自分が左だと思うなら、迷わず左に行け。」

「家訓」なんて言うと、大袈裟すぎるし、だいたい、直接、言われた記憶すらないのだけれど。
大人になってから知ったのは、うちの両親が、私たち姉弟を、この信条の元、育てたらしいということ。

「100人が、右だと言っても、自分が左だと思うなら、迷わず左に行け。」

その環境は、子どもたちを、こういう人間に、成長させるらしい。
(・・・私や弟を、ご存知の方は、すっかり、ガッテンしただろう。笑)

本人無自覚にして、周囲からは、
「人生の切り開き方が、尋常じゃない」だの、「こんな経歴は、聞いたことがない」だのと言われがちな、
私の奇妙な人生ルートも、もしや、その辺に、起因するのやもしれぬ。イヒヒ
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[Photo: 今でも、記憶に、鮮明に残っている、写真やさんでの撮影。庶民感たっぷりな姉弟と、豪華な椅子のコントラストが、見所!
笑えと言われ、必死で作り笑いを試みる、気遣いの出来る、姉のマキ。対する、弟ダイチは、ナーンニモ考えなさげな、無邪気な笑顔。クぅ!(笑)]



子どもは、大人たちの言葉の、ずっと奥を見通す感性を、豊かに持っていて、その目は、本性を容易く見抜いてしまう。
だから、多くを語るより、ひとつの信念ある「生きざま」を示すだけで、"何か"を伝えるには、充分なのだ。


「100人が、右だと言っても、自分が左だと思うなら、迷わず左に行け。」

この言葉を、反芻するとき、私は、いつも。
「異を楽しめ。独自に思考せよ。」、、、そう言われているような、気になる。

たとえ、また、この言葉が、再び、その輪郭を失おうとも。
私の感覚上に、一生、留まり、私の輪郭を整え、正し、導き続けてくれるのは、そんな、波動の力なのかもしれない。
もしかしたら。

独特の存在であること。
すなわち、それが、人生の自在。



⇒これまでの「写真とことば」/⇒「言葉」の項/⇒「記憶」の項
⇒「三枝家」の項/Enjoy!!⇒「三枝一家式『ルビンの壷』マニアッククイズ(解答付)
by makisaegusa | 2012-12-18 23:40 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(18)