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トリガリスト。

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小説みたいに、雰囲気ある伏線ばかりじゃない。
一滴の怪しさも、含みも滲ませることなく、布石に満ちている私たちの生活は、
無意識の些細な出来事ですら、後に十二分の影響を与える。

軽くとった行動も、迷いに迷って導き出した考えも、何もかもが、いつかのある日、引き金が引かれたその時に、始まりを知らせ、姿を見せる。

まるで、一歩一歩踏み出すごとに、足下に落っことしてきた種が、
気付かない間に成長し、人を追い越し、ある出来事として自分を待ち構えているかのよう。
ひと呼吸するこの一瞬にも、私たちは、いくつもの種を落っことし、トリガーとなる可能性を残しながら。
ほとんど忘れ去ったような出来事も、不発弾のごとく密やかに、同時に明日への時を刻んでく。

この一秒にも、未来の自分に確かめたくなる。
今日、私が落っことした種は、いったい何に化けたのかしらと。
by makisaegusa | 2009-02-15 01:03 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(2)

hands.

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私たちは、築くために出会う。
別れるためなんかじゃなく。
by makisaegusa | 2008-08-10 22:21 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(0)

『人生は如意である』

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『人生は如意である』とは、かの有名な偉人の残した名言。・・・とは、大嘘で、これは、私が作った言葉。

「にょい棒」の「にょい」とは、一体どういう意味?と、卒論執筆中の私は、突如疑問に思い調査開始。
そして、とうとう辿り着いた「にょい」の意味。
漢字も、意の如くと書いて、「如意」。
私は、えらく感動し、ついつい、こういった慣用句の制定に至ったのであった。

「如意」とは、思いのままになる様。
変わった響きなのに、人なつっこい不思議さを感じる。
そう、人生は、何時も如意であるべきだ。

ちなみに、私がその時書いていた卒論のテーマは「冤罪」。
過去の冤罪事件を取りあげて、その原因を追究するという内容だった。
今こそ発表したくなるような興味深い題材を取りあげた、なかなかの視点には、好評価、我ながら。笑

現在の私だけを知っている人には、度々驚かれるけれど、私は、デザインや美術を専門に学んだことがない。
それでも、いかなるルートを選択したのだとしても、今こうして、様々な方法で自分を表現する私は、
それこそ、人生の如意を同時に表現しているんじゃないかと思えて、面白い。
ああ、しみじみ。
如意だなあ。
by makisaegusa | 2008-07-15 23:02 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(10)

trauma.

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未来に影響を与えない過去などなく、あなたが、現在に持ち込んだ過去の断片にも、人生の道筋が表されている。
希望に反して、ついてきたトラウマがある時、痛くも特別に、過去の続きの現在を意識せずにはいられないけれど。
それは、私たちが、過去から逃れられないということを意味するのではない。
克服するために、私たちは、時間を進んでくことが出来るから。
今日のアクションは、明日をちゃんと少し変える。
すべての瞬間は、次の瞬間への布石となっているのだから。
by makisaegusa | 2008-07-13 03:55 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(2)

花の色。

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ひとりの人生が終わるということは、ひとつの時代が終わるということ。
死に向き合う時、自分の人生も永遠でないという当たり前のことを、久しぶりに再認識する。
時間は、どうやったって有限。
残された私たちに出来るのは、ただ、ひたすらに毎日を生き抜くということのみ。
受け継がれた、たくさんの大切な重みを胸に抱きながら。
すべての瞬間を丁寧に歩むという、シンプルな真面目さで、ひたすらに。
by makisaegusa | 2008-05-20 03:04 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(6)

faith.

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その点においては、寸分の狂いなく。
照準を定めたるものとして、ある種、不動。
それを俗に「信念」という言語で呼び。

なにものも踏み込むことのできない聖域を自分の中に確保して、そこに保管しておく。
そして私は、安全の保証によって、周辺の無秩序などに、惑うこともない。

自らの変化と、人生の不動ならぬことを、娯楽できるのは、その存在あってこそ。
その、強固に譲れないひとすじの有無こそが、人生ソレ自体の生死を分けている。
基準は、自分に由来する。
by makisaegusa | 2008-04-16 22:47 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(0)

LIFE is VIDA.

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永遠に凌駕することができないシステムの、存在は、確か。
私たちは、どんなに巧妙にズルしようにも、そこからは抜け出せないから。

どんなに死を願っても、生は続くし、どんなに生を願っても、死はやってくる。

人知を超越したそれは、いつも、飄々(ヒョウヒョウ)と無情で。
絶対的なきまりの中でのみ、私たちに、「生」を体験させてくれる。

ただ私たちにできることといえば、それらの日々を、全うすることしかないけれど。
これは決して、悲観的なことじゃなく、そこにこそ、人生の意味がある。
笑って語れることばかりじゃあ、なくっても。
酷く痛いことばかりでも。

一番大切なものだけは、ずっと手放さずにいて。
与えられた時間を真摯に生きてくだけのこと。
ほんとは、そんなに複雑じゃない。
by makisaegusa | 2008-01-29 23:03 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(8)

ルーツ。

d0018646_159539.jpg根っこが しっかり あるからこそ 
"根無し草"に なれるのです。

最高のネナシグサに なってやろうか。

自分が 自分であるという 確固としたものを 持つもの。
by makisaegusa | 2005-06-05 02:08 | Days-そんな日々 | Trackback | Comments(2)