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未知の明日を釣る仕掛け。

いき-がい【生き甲斐】-がい:生きるに値するもの。生きていくはりあいや喜び。(大辞林)
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友だちが、あまりにもキッパリと、自分の生きがいは、これだって、言い切るもんだから。
私も、考えてみることにした、私にとっての「生きがい」というもの。

それがなきゃ、死んでしまうというもの。

ならば、私には、先の読めない日々こそが、生きるに値すると思える対象。
もしも、どう転ぶのか、予測がつくような明日が続くのならば、私は、"退屈死に"するに違いない。
うん、大袈裟じゃなく。

だから、つまりは、これが、私の「生きがい」なんじゃないかって。

ー 昨日と違う、今日を作る。ー 明日を変える今日を、仕掛ける。

良くも、悪くも。
無事着も、不時着も。
順境も、逆境も。
いかなる状況が、訪れようと。

明日が未知であるということにこそ、最大の希望があって。
だからこそ、私たちは、未来を思い描くことが出来るのだから。
今日も、私は、時限式のトリガーを仕掛けておく。
1mmでも、予定調和の軌道を、ズラしてやろうと企んで。

材料は、昨日までの人生全部。
やり方は、まるで自由。
私自身の有り様と同じ、定型もなければ、表現すべき用語すらない。

日々、未来の自分に、得体の知れない明日をギフトする。

飽きるはずもない。
私にとって、人生の意義は、人生そのもの。
それが、喜び。
それこそが、「生きがい」。

Viva la Vida!!



⇒これまでの「写真とことば」/⇒「人生」のことば
by makisaegusa | 2012-08-01 21:54 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(2)

art.

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生きている。
それだけで、一枚の絵が描けそうなほど。

人生なんて、芸術だ。



⇒これまでの「写真とことば」/⇒「人生」のことば
by makisaegusa | 2012-06-22 23:53 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(5)

おばあちゃん學枝 :「人生の32873日目」とよ子生誕90周年!

今回の『おばあちゃん學枝』は、おばあちゃん「とよ子」の最新の誕生日を祝う、スペシアル!!
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Photo: 手紙の返事を書き終えて、読み返しているところ。下に見えるノートは、私が、1日に5回声に出して読んだら賢くなるからと、暗記させようとした「雨ニモマケズ」。とっくに断念。


【略歴:三枝とよ子】

大正11年6月8日、東京渋谷村生まれ。2歳で、関東大震災を体験。
広尾小学校に通い、学年一の優秀な成績を残し、8歳で、兵庫県の山奥へ引っ越す。
当時、まだ珍しかった革靴、セーラー服の少女は、モンペに、草履の田舎の子どもたちに、「江戸もん」とからかわれ、
(目が、クリっとしてて、まぁんまるだから、「どんぐり目」のあだ名も。)
勉学においても、学年の全員が成績を、一つずつ下げることになったために、たいへん疎ましがられたという。
よって、仲良くしたのは、もっぱら「アホの子」ばかりだった(!)とは本人談。
近所の赤ちゃんのお尻を、こっそりつねって泣かせては、知らんぷりして楽しむという、画期的に暗い遊びを堪能していたのも、この時代。

また、縁の下で飼っていたニワトリには、服を着せて遊んでいたが、
その親友も、めでたい日には、すっかり、シバかれ、サバかれ、食卓へ。
悲しくなかったのかとの質問には、「そら、美味しいわ」とのこと。はい、ゴモットモ。
[※ 参考作品:親友だったのに・・・。とよ子画伯にかかれば4本脚。問題作。]

かくして、田舎で、スクスク育ったとよ子
20代のある日。
戦争から帰って来た、男前のおじいちゃんと、道端でぺこりおじぎをしただけの「お見合い」で、重大な運命は、決する。
あらゆる人生がそうであるように、とよ子の人生もまた、ありがたくも数奇であった。
結婚して、ちょっとだけ、町へ。
あれこれ、かれこれ、あんなこと、こんなことが、あったとか、なかったとかで。
(・・・中略・・・)
かくかくしかじか、現在に至り、愉快な家族と共に、呑気に暮らしている。
周囲からは、こんなに卑屈で、人の声には耳を貸さず、感謝の気持ちを持たない上に、
自分には、とにかく甘いことが、長寿の秘訣じゃないかと、ささやかれているが、本人は、まったく意に介さず。(笑)
「毎晩一杯のビールが飲めれば、それが至福!」・・・なのであった。


というわけで、、、おばあちゃん、人生の封切りより、本日で「32873日目」
90歳の誕生日!!

私が、いくら「人生の12345日目」を祝ったところで、所詮、3万日越えの人物の前では、ただのヒヨッ子。
心からの敬意を表し、いつもは飲まないビールを、私も、今夜は飲んで、遥々の祝杯。
オメデトーーーーーーーーウ!!!
プレゼントには、もちろんのこと、ビールを贈答。(銘柄は、生誕の地の近く「エビス」!)

そして、おばあちゃんファンのみんな、アリガトーーーーーウ!!
おかげさまで、今夜も、ごきげんに、ビールを飲んでおりました。(電話ニテ確認済)


さて現在、私は、「とよ子90歳記念プロジェクト」の企てを、イヒヒと煮込み中。
ナイスなことになるはず。どうぞ、お楽しみに!

卒寿」を迎え、さらに、進化を遂げるであろう、おばあちゃん。
ひいおばあちゃん(とよ子の母)は、103歳まで生きたので、うちのおばあちゃんも、150歳くらいまでは、平気で生きるかもしれない。(笑)
そういえば、私も「生命線が二本ある」らしいから、案外、人生の3万日を越えた辺りで、同じようにワインを飲んでたりするのかもしれない。

嗚呼、末恐ろしく、頼もしい。
人生は、最高に、スンバラシイ。



⇒「おばあちゃん學枝」のすべて/⇒これまでの「とよ子」トピックス
by makisaegusa | 2012-06-08 22:58 | Grandma-とよ子 | Trackback | Comments(3)

人生の12345日目。

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季節は巡り、誕生日は、毎年やって来るから。
なんだか、錯覚しそうになるけれど。
どうやったって、戻れはしない、唯一無二の「今日」。

その極めて貴重であることを、感じさせてくれるから。
私は、生まれてからの歳月を、「年」ではなく「日」でカウントすることを、とても好んでいる。
だからこそ、とてもありがたいと思う。
だからこそ、毎朝、生誕を祝たって構わないくらいだと思っている。

人生は、90才まで生きたとして、4万日にも満たない。
人間てのは、意外と生きない。
それが、長いか短いかは、それぞれの感覚かもしれないけれど。

・・・奇遇なことに、ふと思い出してチェックしてみたら、まさに、今日がその日だった。
私の人生が迎える、12345日目
ちょっとした、記念日。

改めて、大切に日々を生きようと誓った。
真摯に、丁寧に、積み重ねていこう。
いくつまで続くのかは、神のみぞ知るところだとしても、最後の一瞬にまで、自分の気を巡らせて。



⇒「HAPPY 1000th DAY」: 友だちの人生1000日を祝うギフト作品たち

⇒これまでの「写真とことば」/⇒「人生」のことば

⇒「生まれてから何日たったのかな」:今日が人生何日目か調べられるサイト。記念日まで分かる!1000日の区切りは、約3年毎。しかとお祝いを!
by makisaegusa | 2012-06-02 23:48 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(14)

infinite infinity.

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あなたが、誰よりも先に、自分への諦めを口にするならば。
私は、押すべき背中を見失ってしまう。

たとえ、不可能の気配と、その忍び寄りを、肌に感じようとも。
意識を、言葉として、世界に放つことは、それを決定的にしてしまうということと、同じだから。

どうか、あなたは、最後の瞬間まで、あなたにとって、最大の味方でいて。

諦めの言葉をこぼすのは、永遠に、早すぎて。
終わりを悟るのに、人生は、所詮、短すぎる。


⇒これまでの「写真とことば


[Blog Bingo 2000:DAY 18] Today's nunber is...「6」!=本日までの1列リーチ申告者数。Wow!!/⇒「BLOG BINGO 2000」関連トピックス
Report Now!!:1列リーチ × 6人!
by makisaegusa | 2012-02-26 03:49 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(18)

宿主。

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どんな迷いに飲み込まれても、決して、無に帰するスイッチを自ら押さないこと。
どんな苦境に立ったとしても、決して、自分に背くような決断をしないこと。
その一手を差した瞬間、誰の手にも、その人生は宿らなくなってしまうのだから。

宿り主を失った浮遊物は、寄る瀬なく、余生を漂う、哀れなる残骸。



⇒これまでの写真とことば
by makisaegusa | 2010-10-01 00:20 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(0)

生命線が二本あるバイタリティ。

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庭の草むしりを久々にした。
やっと、春と断定してもいい季節になり、緑の瑞々しい生命力と色彩に心躍る。

つい先日、友だちに手相を見てもらったら、マキは生命線が二本あると言われた。
生命力が二倍なんだそうだ。
そうか!だから、私は全然死ぬ気がしないのか!!!・・・と、妙に納得。
彼女の、超ゲンキな91歳のおばあちゃんですら、二本目の生命線は半分までしかないというから、上から下まで二本目も途切れず続いている、私の生命力は末恐ろしい。笑
バイタリティ溢れる性質の持ち主の相だというから、これまた、しっくり。
手相の見方・生命線 (Let's check your palm!)

そんな、まだ一世紀は生きそうな私だけれど、春の喜びついでに、一つ人生の重大なスケジュールを決定した。

「春に死のう」ということ。

天寿を全うしての最期なのは言うまでもなく、
生命が再び息吹く、この"春"という季節に、自分も新たな命に成り代わるのって、とても心地よい流れなのかもしれないなとのヒラメキ。
さらに、残された人たちが、こんなウキウキする時期に集って、ピクニックがてらに法事なんてしてくれれば本望。笑
最高にニクくてクールな演出で、最高のギフトを残して死んでやろうという、ポジティブな人生設計が、我ながら似合いすぎていて笑える。

だいたい100年後くらいに、まだボケてなければ、ちゃんと冬を越え時期を調整して、迎える春。
木漏れ日が輝く朝、小鳥のさえずりなんて聞きながら・・・を、狙って。

そういえば、私の手相、悟りの相まである。そういう意味では、もう仏かも。・・・余談。笑

*****
[BLOG BINGO2: 7th day]
今回の数字は、私が今日引っこ抜いた草の本数「1045」本!・・・というのはウソで、「68」!と、これまたウソなんだけども、今日の数字は「68」!!
気付けば第六回までは、一桁目が、「2」か「7」であるという奇遇。
さて、今日、当たった人は、また我が家に草むしりに来て下さい。幸か不幸か。笑
※ ブログビンゴに関する記事&番号のまとめチェックは、ブログビンゴ2のタグ(Tags)より、どうぞ。
※ 参加希望者は、こちらをご覧の上、ご参加を。⇒「本日解禁☆ブログビンゴ2!!!」
by makisaegusa | 2010-04-08 13:35 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(6)

Carpe Diem.

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次々に過ぎ行く時間を殺さないように。
嬉しさも、悲しみも、辛さも、全部の感情を、味わうこと。
それが、時の存在を、体内に記録しておく法。

ありきたりで、忘れやすいのは、単純にありのままの「いまを楽しむ」ということ。
by makisaegusa | 2009-05-20 05:02 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(2)

字を知っている人。

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もうすぐ、祖父の一周忌が来ること考えながら、"おじいちゃんの書く字が好きだったなあ"と思い出していると、
そっか、人がいなくなるということは、その人が生み出していたすべての表現も、
また、新しく生み出されることが無くなってしまうということなんだって、当たり前だけど、そんなことに気づいた。

それから、私は、その人の文字がどんな風なのだかを知っている人って、一体どれくらいいるんだろう?という疑問に至った。

私は、他の人と比べるとよく手紙をやりとりする方だと思うから、手紙を入れている箱はすぐにいっぱいになるけれど、
それでも、どんな字を書くのか知らない人って結構いる。
ずっと前なら、考えられなかったことなのに、いまじゃ、世の中のやりとりの大半はメールになってしまったことが、
やっぱり、ポッカリと空洞を感じたりもする。

うちの父は、今も昔もかわらず乱雑な字で、母は、とてもきれいな字で、祖母は、風流な字。
友人のタオシンは、残念なくらいにひょろひょろのハフュッフェンな字で、
ヒサミは、あったかな字で、ナオミチャンはクリアでリズムのある字。
そんな風に、みんなそれぞれに味わいがあって、それぞれに良さがある。
お互いの文字を知っていることって、感情を交換できる安心感に似てる気がする。

とても現代的な、そして本気で残念な疑問だけど、"みんなの字は、どんななんだろ?"って考えてると、
なんだか、無性に、誰かに手紙を書きたくなってくる・・・。


photo: おじいちゃんからの手紙と、ヒサミからの手紙。
※「人生はこねこねねんど」は、私たちの思いつきことばで、なんとでもなるよの意味。
※「根無し草」は、私が根なし草になるには、なによりも心に根っこが必要だと言ってたことによる。なつかしや。笑
by makisaegusa | 2009-04-22 01:29 | Recommend-トテモステキ | Trackback | Comments(4)

トリガリスト。

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小説みたいに、雰囲気ある伏線ばかりじゃない。
一滴の怪しさも、含みも滲ませることなく、布石に満ちている私たちの生活は、
無意識の些細な出来事ですら、後に十二分の影響を与える。

軽くとった行動も、迷いに迷って導き出した考えも、何もかもが、いつかのある日、引き金が引かれたその時に、始まりを知らせ、姿を見せる。

まるで、一歩一歩踏み出すごとに、足下に落っことしてきた種が、
気付かない間に成長し、人を追い越し、ある出来事として自分を待ち構えているかのよう。
ひと呼吸するこの一瞬にも、私たちは、いくつもの種を落っことし、トリガーとなる可能性を残しながら。
ほとんど忘れ去ったような出来事も、不発弾のごとく密やかに、同時に明日への時を刻んでく。

この一秒にも、未来の自分に確かめたくなる。
今日、私が落っことした種は、いったい何に化けたのかしらと。
by makisaegusa | 2009-02-15 01:03 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(2)