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めざし。

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どういう人になりたいか?どういう人でありたいか?の質問への私の答えは、昔からあまり変わらない。
独自の思考を持っている人で、広い世界を知っている人で、
強い人で、賢い人で、いつも自然体の人で、
よいセンスを持っている人で、人に幸せを与えられる人で、
自分のスタイルを貫いている人で、、、、、
だとかなんだとか、延々とリストアップされるけど、
「カッコいい人」という言葉にまとめられるんじゃないかということに、気が付いた。

私は、カッコいい人に、なりたい。
・・・なぁんだ、と拍子抜けするくらい、とっても単純な言葉に集約された、私の目標。
一個なら、なんとかなりそうな気にさせる、言葉の技量に騙される幸せ。笑
いつか、全部を兼ね備えたら、みんなから、飽きるほどカッコいいと言われることにしようと、強引に予定も決定。

たぶん、人生の目標てものは、職業名なんかよりも先に、在り方に意識の重点を置いておいた方が、途中の道しるべに気付きやすくなっていて。
ちゃんと、いいタイミングで導かれるように、自分に最適な方向に進んで行けるようになっているんだと思う。
自分にふさわしいものを見つけ出す嗅覚が、純粋な意識でより精度を増し、人や出来事を上手く手元に呼び寄せているみたいな。
経験の裏打ちしかない、逆に奇妙な、それでいて強固な法則。

それは、私が上に挙げたリストに「アーティスト」という言葉がなかったことに似ているかもしれない。
きっと私は、目標とする在り方を実現するための道に沿って歩いていたら、ここに辿り着き、
それがちょうど、「アーティスト」という名前で人から呼ばれるものだっただけなんじゃないかな、と思うから。

他人から与えられたような目標じゃなくて、自分自身の本心が狙うもの。
私たちは、それをいつも明確にしておくことを、忘れてはいけない。
殺伐とした毎日でも。だからこそ。


photo: デニムのスパイのダニーのミシン。
by makisaegusa | 2009-06-29 02:42 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(2)

空マイレージ。

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パタゴニアのペンギンのコロニーを思い出すとき。
アタカマ砂漠から見る地形の向こうに沈む夕日を思い出すとき。
広大な赤い大地に囲まれたエアーズロックを思い出すとき。

自分が、いま、見上げる空は、どうしてこんなにも、狭苦しいのかと感慨にふける。
人生で、いったいどれほどの空を眺めて人は一生を終えるのかと、考えてみたとき、
東京に暮らしているだなんて、とてもとても損しているような気になってくる。
モンゴルの草原に暮らす人たちが、見上げるまでもなく、前方後方にただ感じているであろう空を想像すると、
彼らが、見ている空の一生分を合わせたとしても、地球一個分の空の広さに匹敵しないくらい全部の空は広いんだろうか?という疑問に突き当たって、
「空は地球一個分でどれほどの面積があるのか」の調査を開始してみたけれど、解答、見当たらず。
だけど、考えてみると、「空」ってものは、けっこう曖昧に始まっていて、
建物が終わったとこからを空と呼ぶらしいから、当然都会の空は、田舎の空よりも上空から始まる。
なあんにもない場所の空は、標高0mから始まるということだから、
元々、私たちは、空に暮らしている、と言えなくもない。笑
・・・ということを考慮すると、はっきりした空の面積を計算しようとすると、単に数学的な式では算出できず、
各土地を巡って、建物の高さを調べたりしなきゃいけなくなる。
これはたいへん。

それでも、私は、飛行機のマイレージシステムみたいに、人生に「空マイレージ」というものがあったら、どんな風だろうかと発想した。
眺めた空の面積分だけポイントが貯まる。
それを貯めて、なにに還元されるかのよいアイディアは、まだ見付かってないけれど、
見上げた空の広さが瞬時に、数値化されて貯蓄されてく仕組み。
世界中の人の数値を集めて、「空をたくさん見るひとは、◯◯である」的な法則にまで至ったら、たいしたものだ。笑
それは、かなりの妄想としても。
一体、私は、いままでどれくらいの空をストックして来たかな?と考えていると、少し身体の中の風通しが良くなったような気がしてくる。

日常的なモジャモジャ発想癖のとりとめのない一片。
by makisaegusa | 2009-06-27 06:42 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(6)

見たこともない芽+アサガオ会議+アボカドの大木。

久々に、ちゃあんと晴れてうれしい今日。
庭に出てみたら、見たことのない芽が出ていた!
早速、育ち具合を計測しようと、本日の計測用モデルを呼び出して撮影。
今回のモデルは、南米のチリ在住タカさんちからやってきたリャマくん。
本来背中に乗っかってたはずの金銀財宝は失われているものの、ひょうひょうとした表情に一点の曇りもなし!
(→前回*モデル:しろひつじとビジネスマン)
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これが、初めて見たフウセンカズラ(リンク先→ハート模様の種)の芽!
案の定、いきなりすごい育ちっぷり。笑
そして、実に奇妙な造形美。
リャマ計測法だと、だいたい50センチ。一般的計測法だと4センチくらい。
どんな風に、ツルが育って巻いて行くのか、要観察の成長株。
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そして、これは、アサガオ。
またまた育って来た。
おととい、種を分けた近所と友だちと自分の家のアサガオについて会議。
やっぱり、日当りのよい家の育ちは、ダントツだとはっきり分かった。
改めて、勉強になる。しみじみ。
(→画期的アサガオの種の数え方)
(→観察1, 2)
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これは、ほんとうに楽しみなアボカドの木。
スーパーで買ったアボカドの種を、庭に植えたらこんなに大きくなってきた。
ウィキペディアで調べたら25mにもなるらしく、あまりの大きさに空間不足が心配になった。
南米で見た木は、3mくらいで、すでに実がなっていたので、そういう希望も少々。
リャマ計測法で、すでに5mくらいにはなっているものの、やはり一般測定法では、50センチくらいなので、実はまだか。
無念。

次回モデル及び、数年後の収穫祭参加人間、募集。笑
by makisaegusa | 2009-06-26 15:08 | Daily fun-まいにち遊び | Trackback | Comments(9)

三枝祭と神様のてがみ。

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私が、神様に違いないと、心から慕っている奈良の富美子さん
今年で、88歳になると思われる、特別な友人。
先日、その富美子さんに、私の名字と同じ「三枝祭」という伝統のお祭りが、奈良市にあって気になっている旨を伝えたところ、
お祭りについての新聞記事が、手紙と一緒に届いた。
優しい心遣いに感涙。ほろり。

たまたま飛行機で隣合わせになった、気の合う人が、奈良からやってきた富美子さんだったことも。
私の名前と同じ名前のお祭りが、奈良にあることも。
全部、正体不明の不思議な力が、私を呼んでるように思えてならない。笑
来年こそは行ってみたいものだと野望して、富美子さんの手紙を何度も読み返しながら、たくさんのメッセージを体内に蓄積。
「世の中いろいろですが、どうか平和な日が来ますよう それを見て死にたいです」
このフレーズが、すごくすごく、心に刺さり、一刻も早く成し遂げて見せてあげたいと私は強く自分に誓う。
・・・ほんと、神様のセリフみたい。

***
ちなみに、三枝という名前の由来は、文字通り「三つの枝」。
けれども、それは木の枝ではなく、ヤマユリが三つの首に分かれて花をつけることが、いわれなんだとか。(親戚談)
だから、「ゆりまつり」とも呼ばれる「三枝祭」が、私には、かなり気になる存在。
ユリを手にした巫女が舞を奉納するらしい。
シカにせんべいを食べさせがてら、ちょっくら旅に出てみたいなぁ、奈良。

関連→三枝埋蔵金
by makisaegusa | 2009-06-25 05:46 | Recommend-トテモステキ | Trackback | Comments(8)

ゴミにサイ。

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今更なんだけども、やはり、とても気になることがある。
それは、活動を終えて月に墜落した人工衛星「かぐや」のことで。
ニュースなんかじゃ「文字通り、月に帰って行きました」だなんて、上手いこと言った感じに伝えていたけれど。
やっぱり、どう考えたって、宇宙にまたゴミを捨てただけのことで。
そんな側面を伝えないで、なあんだか美しい話にしてしまったなぁってゆう、残念さ。
もしも、人工衛星の名前が「ニンジン」とかだったら、月には元々帰らないもんだし、
この場合、どう言うんだろって、意地悪にイメージしてみる私。

地球の資源が枯渇しているから、宇宙のどこかに住める星を探すんだよっていう話も、夢というよりエゴイスティック。
私も宇宙は大好きだから、出掛けてみたい。
当然、研究はとても有意義。
地球に届けられた映像は、すばらしく感動的ではあったけれど。
今回に限ったことじゃなく、
私たちは、宇宙に出る前から宇宙にジャンジャンとゴミを落っことしてるって事実は、どうにもこうにも、カッコワルい話。

そういえば、かつて、ルナ・エンバシーで、私が買った月の土地の安否が心配。
私の土地は外してくれたんだろうかと。
ああ、エゴイスティック。所詮。笑


*タイトルのサイは、動物じゃなくて、英語のSigh。ため息の音。
by makisaegusa | 2009-06-24 05:03 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(8)

ねぞう。

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あの頃の私が、真剣に悩んでいたことは、なんで自分はこんなに寝相が悪いのかってことで、
謎だったのは、なんで大人はあんなに寝相がいいのかってこと。
当時の私は、大人というものを一種別の進化した何かだと思っていて、
自分もある時が来たら、なんでもお見通しになって、世界に知らないことはなくなって、
どんなことだって上手にこなせるようになるから、当然、寝相だってよくなるんだろうと解釈していた。笑
あるスイッチがオンになって大人ってゆう完全体になれるみたいな、
大変身を遂げるみたいな、そんな妄想を薄く抱いていたけれど、
実際、ここから振り返ると、特別なスイッチがあったわけじゃなく、
ただ、過去の延長線上、自分の積み重ねた時間が、私を大人という位置に移動させただけのような気がする。
全部は、つながりのなせる技でしかなく、その積み重ねが価値。
スイッチなんて決定的なものがないからこそ、
きっと、私たちは、なんとでも人生を変化させることができるようになってるのかもしれないな。
・・・なんて、思った。
by makisaegusa | 2009-06-22 12:31 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(2)

シーリングワックスの貴族さを学ぶ。

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昔から、とても憧れをもっている品のひとつが、シーリングワックス。
手紙の封に使われてたりすると、一気に優雅な雰囲気になるこれを、なんとか自分のものにしたくて、練習をした。
そして、とうとう、よい感じに捺せた喜び。
一気に、私の手紙が、貴族さを増すこと請け合い。
ラグジューーーーリアス!!
by makisaegusa | 2009-06-21 23:26 | Recommend-トテモステキ | Trackback | Comments(0)

ホタルを観に行く。

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毎年行こうと思いながら叶わずに終わってしまう、ホタルのシーズン。
今年こそは!と野望しつつ、次々と日々が過ぎ、今年もムリかーーー?!と思っていた矢先。
突然、明日決行しよう!と友だちを誘って、出掛けてみた。
都内では最適な所が見付からなかったので、神奈川県の秦野市にある浄徳院菖蒲園へ。

真っ暗な木立を抜け、開けた場所へ。
一面に漂うのは、爽快な菖蒲と森林の香り。
天然のアロマが、本当に心地よくて最高のリラクゼーション効果を発揮していた。
目が慣れると、やわらかい光を発しながら、空を泳ぐように飛び交うホタルの風流っぷりに感激の幻想風景。
ちっちゃい時、親戚の家の近所の川でホタルを採ったことを懐かしみながら、ホタルが予想以上に柔らかいってことも、久々に思い出した。
地元じゃ無料で観られるという友だちは、300円を支払ったことにちょっと憤慨していたけれど(笑)、
それでも、こういう季節を感じられる行事は、体験しておかないとね。

上手に撮れなかったけれど、かろうじて右の方に映り込んでいるのが、ホタルらしき光の筋。
こんなに綺麗な光を描けるなんて、ホタルってステキ!思ったけど、もしも自分がホタルだったらと妄想したら、
うーん、暗闇だけはいやだなという結論に達し、私はやっぱり人間でいいやと決着した、適材適所的別世界の夜。笑

こういうささやかな感動のある日常って、とても大切。
by makisaegusa | 2009-06-20 21:45 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(6)

はじめて描いた絵のこと。

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友だちのところの子どもで、私の一歳の友だち真彩(マアヤ)に、クレヨンを贈ったら、初めて描いたという絵が送られて来た。
イヌの散歩のときに見付けたとゆう、タンポポと綿毛と、ついでにちっちゃい虫!までもお供に。
ありがとう。
種は庭にまくとして、絵を堪能しよう。
それは、私とホットランチのお弁当を食べているところ、らしい。
ブリリアントな衝撃作!!!
となると、親の描いた、アンパンマンらしき絵が、邪魔でならない。笑
贈ったクレヨンには、対象年齢3歳以上って書いてあったから、ちょっと心配だったけど、
おもちゃとしても大好評みたいで、私としては、とっても嬉しい。

マアヤの絵を眺めながら、私が、初めて描いた絵は一体なんだったんだろう????って、考えてみた。
ヒントも答えも、ないんだろうけど。うーん、と悩む。
今は絵を描かない人だって、人生で一度は絵を描いたはずで、それは一体、なんだったんだろう?って、
考え始めると、すごくミステリアスな魅力に取り付かれて、ちょっと調査したくなる。
かなりの困難が予想されるけれど、やりがいはあるだろうな。うん。

さてまずは、私の件。
もしも、このブログを見ていて、かつ覚えていたら、教えてクダサーーーーイ! 私の初めての絵!
おとうさーーーん!おかあさーーーーん!!!笑


+開封と同時に飛び出した小さな虫の消息が心配。東京には馴染めたのか?!という謎。
by makisaegusa | 2009-06-19 00:01 | Recommend-トテモステキ | Trackback | Comments(4)

レッスン ワン。

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嫌な人を好きと思うだとか、辛いことを楽しいと思うだとか、
そういったことは、強い精神を持っていることと、まったく一緒とは言えない。

どんなに美談を並べてみても、嫌な人はやっぱり嫌だし、辛いものは辛い。
それ自体を変えようとするんじゃなく、いきなり感じ方を変えようとするんじゃなく、考え方をまず変えること。

毛羽立った気持ちを、もう一度、なめらかに引き戻す強さ。
それを、人の強さと呼ぶんじゃないかなと、今日、思った。

意識が変化した先に、連鎖の結果として、やっと感覚の変革が訪れるようになっている。
飛び級は、そんなに狙うもんじゃない。笑
by makisaegusa | 2009-06-16 05:43 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(4)