sensibilities.

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マインドを閉じ込めて感覚をオフるのは、いまの時代に生きる多くの人が潜在的に習得した術で、
強さに誤解しがちなのは、内心を隠す無表情。

感受性が豊かであることは、同時に酷く痛みを感じるリスクも背負うけれど、
濃淡も抑揚も色彩も失ってしまった心から見える世界は、痛みは無くとも、きっと、とても平坦でモノクロ。
だから私は、大きな振れ幅に翻弄されても、へたくそでも、カラフルな世界を選んで行く。

クールに生きるのは、求めるところだけど、それは無感覚になることと同じじゃない。
自分の定めたルールを譲れないものとして守り抜く執念と、
グレーな世界との葛藤の結果に、ひとつずつ得られる強さを持ち続けるプライドのこと。
ホンモノの強さは、信念とともにある。

この世界に、傷つく弱さは、まだ感覚が生存している証拠。
諦めずに強さにたどり着けばいい。
by makisaegusa | 2009-05-22 18:01 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(4)
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Commented by かと at 2009-05-23 21:34 x
弱さを持ち続けながら、強くなりたい。
確かな感覚が残っているなら、また一歩踏み出せるはずだから。

信じたいね、少しずつたどり着ける事を。
Commented by TAKA at 2009-05-24 01:00 x
あーーー、ぼくこれ覚えてる!
そのときに聞いていた曲とイメージがぴったりだったやつ。

人間が生きていく限り、様々な理不尽や不条理の中でもがき考えることは逃れられない現実なわけで、じゃあその中でどうやって生きていくかというのは、人によってまちまちで、何も感じずに生きていこうというのもひとつの方法なんだと思う。
しかし、その理不尽さえもがぼくの生きる現実世界の自然に組み込まれていることを考えると、これを感じることがより人生を豊かにしてくれているのだとも思う。

世界じゅうのひとりひとりが、それぞれにその理不尽を解決しようともがき、またその解決によって生まれ出る新たな理不尽に悩む。
ぼくはこれを遠くから眺めながら、心底これが人間の美しさであると思うし、だからこそ人間は唯一歴史をもつ進化する生き物なのだとも思う。

そしてぼくはどう生きるか。
どう生きるかは分からないのだけど、なるべく多くを感じたいというのは、まきちゃんと一緒だなあと思います。
Commented by makisaegusa at 2009-05-25 01:43
>かと

最も強い人こそ、最も優しいというのは、本当だと思う。
私は、そんなわけで最強なのです。笑
・・・という、人になりたいと日々精進。
でっかい心を持つのです。イヒヒ
Commented by makisaegusa at 2009-05-25 01:47
>TAKA

これをアップするとき、タカさん覚えてるかなって思いながら選びました。
ちゃんと覚えててくれて嬉しぃぃい♪

どう生きるか?
何ものとして生きるか?
それは、小さな職業名で表されるものじゃなくて、その人の名前で表されるものであるように。
私は、そうやって生きたいと思うのでした。
かしこ
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