ナナシは、自在にココロを泳ぐ。

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私たちの心には、「言葉」の数より遥かに多くの「感情」が存在していて。
しかも、それらは大抵、名前を持たない。

・・・にも関わらず、私たちは。
掴みどころのない、"無"名の感情の覚束なさや、居心地の悪さから逃れようとして。
あまりにも安易に、"有"名の感情を代入して、解釈しようと悪あがくから。
既存の定義に同化させられ、埋もれてしまった本心は、数限りない。

独特のカタチ、独特の温度、独特の揺らぎ、独特の重さ、独特のニュアンス。

彼らは、確かな名前を欲しがっているのではなくて。
真実の感情が、嘘偽りなく、ありのままに取り出されることを求めている。

未知の感情に遭遇するとき。
それは、歩調を緩め、本心に向き合うべき時の知らせ。
新たな自分に、気付くための。



⇒これまでの「写真とことば」/⇒「感情」の項/⇒「名前」の項


by makisaegusa | 2016-09-03 01:01 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(0)
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