記憶と忘却・言葉と感情:21年目の震災「1.17」。

「悲しみ」に内包されている悲しさは、それ自身も、いつか、忘れ去られてしまうことにある。

そんな言葉を、自分のうちに漂わせながら、また今年も、1月17日を迎え。
記憶を手繰り寄せ、折り畳まれた感情を取り出し。
遠く離れて行くばかりの、あの「震災」の日に、そして、21年という歳月に想いを馳せていたら、、、静かに、数日が経っていた。

驚。
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人間は、必ず、忘れる。

ただし、それは、前だけを向いて進んで生きてゆけるよう、私たちに備わった特別な能力のひとつであって。
また同時に、自らの源流や道のりを振り返って確かめるためには、抗い続けるべき対象でもある。

だから、大切な記憶が浸食されて消えないように、私たちは、忘却に挑み。
それぞれが持てる分だけ、肩代わりしながら、集い、結び、繋がって。
記憶を、記録を、感情を、想念を、未来へと運ぶ。
それが、あの日を生きた者たちの使命。
いつか先人と呼ばれる時代まで、メッセージが無事に届くよう。

・・・当時、言葉に出来ないまま封じ込めた、複雑にこんがらがった感情を、少しずつ言葉に昇華しながら。
もしかしたら、これが、もっとも大切な部分を落っことしてしまう行為なのかもしれないと、不安になったりもしつつ。
それでも、忘れることを知っているからこそ、忘れないよう肝に銘じ、言葉に記す。
生きるために忘れうる性質だからこそ、生きるために忘れてはならない事柄を、今一度、思い知る。

どんな方角を見渡してみても、残された者に出来ること言えば、生き抜くこと。
それに尽きる。

祈。
誓。
念。

そしてまた、「1.17」を越える。
5年目の「3.11」が近付く。



⇒これまでの「写真とことば」/⇒「震災」の項/⇒「1.17」の項

⇒「第13回:大根を考える日」(2008)
⇒「●●●●●●●●●●●●●●」(2009)
⇒「15」(2010)
⇒「16回目の刻を見守るしきたり」(2011)
⇒「「1.17」17年目の黙祷」(2012)
⇒「18年目の「1.17」」(2013)
⇒「「1.17」から19年の歳月と記憶」(2014)
⇒「「1.17」:20年の歳月と記憶」(2015)

⇒「進行する過去の浸食
by makisaegusa | 2016-01-19 05:46 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(0)
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