ケッコウライフ。

d0018646_01704.jpg
ナンダカンダ言ったって、詰まるところ。

ある日、最期の眠りにつくときに。
「ああ、いい人生だった」と、自分が心底、思えるならば。
それは、他のどんな賞賛よりも、名誉よりも、価値がある。

心の中心に据えておくのは、いつでも、この極めてシンプルで潔い、人生の指針。

他人の評価ではなく、自身の納得に、軸を定め。
先の読めなさを、不安ではなく、自在の証として。
幸い、災い、出会いのすべてを、旅路の彩として。



⇒これまでの「写真とことば」/⇒「言葉」の項/⇒「人生」の項
by makisaegusa | 2014-07-27 02:07 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(4)
トラックバックURL : http://makisgs.exblog.jp/tb/20961396
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented at 2014-08-01 09:09
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by makisaegusa at 2014-08-02 02:42
> ★☆★☆★

それもこれも然るべきタイミング。
それは、自らが越え成長するために、自らが設定し起動を予定していた試練のひとつ。
身を引きちぎられるほどの辛さをも体感して、感情を体得する必要があるってことだね。
言葉は、どんなに重ねても無力には思えるけれど、それでも、そこから進む道はある。
時間軸は、未来にしか続いてないしね。
Commented at 2014-08-02 08:22
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by makisaegusa at 2014-08-03 01:13
> ☆★☆★☆

同じような境遇を経験した友だちも、なかなか立ち直れなかったよ。
それだけの想いがあるのだから、それこそ当然だしね。
だから、すぐに克服しようだなんて考えは、いまはまだ必要ないと私は、思うよ。
抱え続けるのは、本当に苦しいけれど、別の新しい幸いにしか、どうしようもならないことだから。
100年経ってもね、きっと、悲しいものは悲しい。
悲しくなくなってしまったら、それはそれで、それも悲しい。
でもね、あらゆる経験は、間違いなく、どんな些細なことでも未来の自分を、何かの瞬間に助けてくれる。
それは、確か。
何度死んで、何度生きても、やっぱり、そういう風になっています。笑
<< 旅行代行旅行組合 [act.4... ハフュッフェン子ども祝福作品:... >>