carpe viam.

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先入観の煙を、払う。 

執着心の沼を、越える。

洗脳の霧を、抜ける。


真に近付くほど、核に及ぶほどに、出会う自分は、また新しい。



⇒これまでの「写真とことば」/⇒「意識」の項
by makisaegusa | 2013-06-25 23:43 | Photo+Kotoba-写真+ことば | Trackback | Comments(9)
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Commented at 2013-06-27 10:02
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2013-06-27 14:19
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by makisaegusa at 2013-06-27 19:54
> i

そう!
彼は、清々しい才能の持ち主。
自分のことのように、誇らしい友です。
そして、今日が、誕生日、ワーーーーーー!!!
Commented by makisaegusa at 2013-06-27 20:15
> ii

carpe viemは、carpe iemの仲間みたいなもの!

・・・そしてそして、問題御座いません。
私の中には、きっちり、消えたコメントも確認の上、吸い取られ、蓄えられているので。笑

まず、それを「執着」と呼んでしまうのは、とても安易だと思われ、
本気で「執着」と思うなら、それは、あなたの日本言語の習得ミスか、それ「らしき」言葉に飛びついたかのどちらかだと、推測されます。
執着は、愛情とは、完全に別物であって、
感情を表現するのに、言葉は、永遠に決定的に不足していると知るべきところ。
あなたの抱く感情は、愛情と呼ばれることはあっても、執着などとは別のところに在り。
生きがいと言い換えてみればいい。
なんせ執着なんて言葉、まったくクールではないものだから。
Commented by makisaegusa at 2013-06-27 20:33
> iii

私が、その言葉を投げかけられた時に、どう答えるのか?
そんなの単純明快!「はい、大好きです。」
たった、それだけで充分です。何の迷いもナシ。

もしも、相手の質問に、快適ではない心地を感じるのであれば、
自分の内側に、そのことに関して、何かしらのネガティビティを、心に持ち合わせているからなのかも。
卑下なのか、意地なのか、劣等感なのか、不満なのか、、、、それを推し量ることは出来ませんが、ともかく!
人は、人生において、母性を学ばなければならないようになっています。
子どもを生むひと、動物を愛するひと、植物を育てるひと、それぞれが、それぞれの方法で、学ぶもの。
そこには、王道などないし、性別も関係ない。
誇ればいい、心の奥底から。

人生の大半をかけて、あなたの内側にまで打ち込まれた、正義のふりをした負の洗脳を撤廃を、どうか!
自分が、何度も口にすることは、まごうことなく、心が囚われてしまっていること。
すべては、他人ではなく、そういう自分が呼び込んだものだから。
過去を恨むのではなく、嘆くのではなく、受け入れることから、すべての始まり。

エンジョイ。
それがすべて!
Commented at 2013-06-28 07:45
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2013-06-28 08:02
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by makisaegusa at 2013-06-28 22:01
> ix

ワーーー!!!
楽しーーーーいっ。
一体、私は、何をしてやったのだろうか?!笑
教えてもらえるのを、スゴく楽しみにしています。ドキドキ!

本、ゆっくりでいいからね。
こちらこそ、ありがとう返し。
Commented by makisaegusa at 2013-06-28 22:15
> v

アハハ、本当に幼稚だねえ。笑
それでも、どんな不本意なことも、それは自分が、今回、学ぶべく選んだ人生の宿命なのです。
どんなに苛酷なものであれ、それは、自分が自分に用意した試練なのだから。
「べき」だからではなく、心底の感謝を表明出来た時にこそ、人生は、真の意味で動き出すのだと思います。

視野は、宇宙よりも広く。
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